愛情注ぐ姿勢に学ぶ
 
5.拝啓、氷川きよし様
ライター 岡田 夏憂  
 「ずんずんずん、ずんどこ」。今日も誰かの部屋から大きな音が聞こえてきます。そう、おばあちゃん達のアイドル氷川きよしさんの歌声です。誰かが最大ボリュームで彼の歌を聞いているのです。
 施設の入所者五十人のうち、男性はわずか六人。まさに老人ホームはおばあちゃんたちのコミュニティーなのです。だから、誰かが朝刊のテレビ欄で彼の出演番組を見つけてしまったら、もう大変。朝から彼の話題で持ちきりになるのです。まず、誰かが必ずビデオ録画を頼みにやって来ます。
 「きよしが出るからビデオ入れてや。忘れたらアカンヨ」と鼻息も荒く念を押して行かれます。そして、その後、彼が何を歌うのだろうかと予習が始まるのです。彼の歌を聞くために、CDプレーヤーを購入した方がどれだけいらしゃるでしょうか。施設のおばあちゃんたちにCDというものがどういうものなのかを教えたのは彼なのかもしれません。
 その彼のCDには必ずカラオケがついています。だから、それに合わせて誰かが歌い始めると、負けまいとして別の部屋から歌声が聞こえてきます。なんだか競い合っているようにも思えます。
 おばあちゃんたちはなぜ彼のことがこんなにも好きなのだろうかと職員の間で時々話題になります。まず、彼が可愛らしく、親しみのあるキャラクターであること。彼の歌がどこか懐かしく、覚えやすいこと。そして、割に多くテレビに出て、なにより彼自身がおばあちゃんに愛されようとしている姿勢が、人気の秘密ではないのかという意見にまとまりました。
 このことからも、私達若手職員は、氷川きよしさんから学ぶことが多いように思います。入所者からすれば孫よりもまだ若い私たtりはまず、入所者から信頼されなければなりません。そのためには、彼らを愛すること。愛されたいと願い、愛情を持って彼らに接すると必ずその気持ちは伝わるからです。また、会話の中に昔のことを思い出してもらえるようなエッセンスを散りばめること。そして、気さくで話しやすい雰意気をつくり出す事です。
 同じ若手職員でも、おばあちゃんたちは男性職員のことが大好きです。彼らに優しくされたり、何かを一緒にする時などは大喜びです。ナニナニ君、これして欲しいのだけどとわざわざ指名する人もいらっしゃいます。男性職員が夜勤のときなどは露骨に喜んだりします。いくら私たち女性職員が努力してもこればかりはどうしようもありません。
 それは、明治や大正に生まれた女性はあまり男性に優しくしてもらったことがないから、優しくされるとうれしいのだという説を唱える職員もいます。何がともあれ、向こうが演歌界のプリンスならば、こっちは老人ホームのプリンスだとばかり、おばあちゃんに愛情を注ぐ彼らの姿には頭が下がります。
 拝啓、氷川きよし様。私の施設には、あなたの姿を一目見るために三十分も前からテレビの前にじっと座って待っているおばあちゃんがたくさんいます。二時間の歌番組にあなたが出演されるからとずっとテレビを見つめていたけれど、途中でうたた寝して見逃してしまった悔しさを一週間愚痴り続けた方もいらっしゃいます。
 みんなあなたの熱烈なファンです。これからも素敵な歌をうたい続けてください。そして、いつまでも、おばあちゃんたちの元気の源でいてくださいね。
 施設のおばあちゃんに代わり、ファンレターを書いてみました。