| 人生に感動は不可欠 3.花火の夜に |
| ライター 岡田 夏憂 |
| 皆さんは今年、何度花火を見ましたか? とりわけ夏が好きな私は、時間さえあればあちこちの花火大会へと出掛けて行ったのでした。花火を見ていると、華やかさのなかにも儚(はかな)さが漂い、胸がキュンと絞め付けられるような思いがします。 施設のおばあちゃんたちにとっても花火は特別な意味を持っていて、毎年、ベランダから見える花火をとても楽しみにしています。数年前、百歳をいくつか越えたおばあちゃんが入所されていました。賑(にぎ)やかなこと、楽しいことが大好きで、どんな時でもユーモアを忘れない方でした。 ある花火大会の夜、施設の最上階ベランダに椅子(いす)を並べて皆で花火見物をしました。眼下から打ち上げられる色とりどりの花火を見て、彼女は立ち上がり「きれいや、きれいや。大名遊びやなぁ」とまさに、スタンディング・オベージョンをやってのけたのでした。普段は杖(つえ)歩行もままならない方なのに。これほど、花火を喜ぶ人を見たのは初めてでした。 彼女たちの思いのなかには、もう花火を見るのは最後かもしれないという不安が常にあるようです。「桜・花火・若草山の山焼き」などを見ることで、自分の「生」というものを確認しているようにも思えます。楽しみにしていた若草山の山焼きを見逃してしまったと涙ながらに訴えられた方もいました。「もう、二度と見られないかもしれない」と。 このような思いを持って何かを見つめるというのは、どのような気持ちなのでしょう。美しいものを見ながら、自分の命や死を思うとはどういうことなのでしょうか。 日本人は「もえつきる」という言葉を人の一生にたとえたりします。まさにこの日本人の感性がおばあちゃんたちのこういった思いの根底にあるのではないでしょうか。施設で働く私たちは、彼女たちのこういう感性を大切にしなければいけません。 よい介護現場では、どんなお年寄りに対しても「滲(にじ)みとおるように理解し」コトバの通じない失語症や痴呆(ちほう)性老人さえ「言葉を発する生きいきした存在として扱っている豊かな世界」がそこに存在しているものだと思います。また、美しいものを見て手放しで喜ぶことのできる心が、彼女たちの生きる力を支えているのでしょう。 だから、私たちは、体を動かすリハビリを入所者に提供するだけではなく、感性を豊かにする心のリハビリも重視しています。 「回想法」というものがあります。過去を回想してその世界に遊ぶことです。私は、これをやるためにわざわざ時間をとる必要はないと思います。そんな時間をとらなくても、彼女たちはちゃんといろいろなシーンで回想しているし、回想法をわざわざやらなくてはいけない生活のほうに問題があるのだと思います。 今年も花火大会の夜を迎えました。「きれい、きれい」と連呼する人。旦那(だんな)さまと行った花火大会の話をする人。花火に手を合わせる人。皆、好き好きに楽しんでいました。 美しいものを見て感動したり、涙を流したりできる感受性を若いころから養っていきたいと思います。皆さんはこの夏、どんなことに感動しましたか? 六十年後、七十年後のために、もっと泣きましょう、笑いましょう。おばあちゃんたちからそう教えてもらいました。 |