主体性が若さを保つ

22.椿井町の小さなパブ
ライター 岡田 夏憂  
 椿井町商店街に、十人も客が入れば満員になってしまう小さなパブがあります。元銀行員の美しく知的なママさんの周りには、毎夜、初老の紳士たちが集まり、店は活気に満ちています。お客さんは、弁護士、一級建築士、会社経営者等々、どなたもその世界の第一線で活躍なさっている方ばかりです。
 仕事帰りにふらっと立ち寄る常連のお客さんたちは、この店でさまざまな情報を交換し、お洒落まで競っている様子です。若輩者の私など、エネルギッシュなオジサマたちの勢いについて行こうとして、体調を壊してしまったほどです。
 立地条件がそれほど良いとは思えないこのお店が、なぜこんなにも盛況なのかと考えることがあります。もちろん、カウンター越しにオジサマたちをあたたかく見守るママさんの魅力や人脈が一番の要因なのでしょう。けれど、それだけだとは思えないのです。そこに集まるお客さんたちは、皆このお店に集まることで、それぞれ励まし合い、高めあっているように見受けられます。
 このお店に通うということがステイタスだというのではなく、そこへ足を運び、皆と顔を合わせることで、ご自分の社会的な位置を確かめ合っていらっしゃるような気がします。常に現役であること、まだまだ若い者には負けないという気迫が、カウンターにあふれ、その活気が人を集めているのかもしれません。
 私の勤めている施設の男性入所者で、一番若い方は六十五歳です。だから、このパブのお客さんのほうが年上です。けれど、彼らのほうがずっと若く見え、覇気があります。何がそうさせるのでしょうか。
 たとえば、施設で生活していると、衣食住の全てにおいて何も心配することがありません。もちろん、仕事に行くこともありません。自分から何かやりたいことを見つけて実行しなければ、時間を持て余してしまいます。寒い季節には暖房だったエアコンも、機械操作で自動的に冷房へと変わるのです。また、何を食べようかと考える間もなく、管理栄養士のたてた献立が、三食間違いなくでてきます。そして、着る物もほとんど男性は職員に任せっぱなしといった様子です。だから、施設での生活は、不安の少ない毎日だといえるでしょう。たいていのことは、考えなくても与えられるので、常に安心の中に身を置いた状態で生きていけるのです。
 けれど、こんなにも刺激の少ない生活を送ることが、本当に楽しいのでしょうか。私たち職員にとっては、彼らのこのような単調な生活にメリハリをつけることも仕事の一つです。年に一度の部屋換え、季節の衣替え、レクリエーション、体操、趣味の教室、職員と入所者の懇談会等、至れり尽せり、考えつくことは何でもやってきたつもりでいました。しかし、与えすぎるということが、彼らの主体性を奪ってきたことも確かなのです。
 人は、何かを諦めた時、そして、安心だけに身を置いた時、ふいに老いが押し寄せてくるのではないでしょうか。例のパブの常連客さんが、こんなことをおっしゃいました。癒やしという言葉があまり好きではない。癒やされたいと思う前に自分はそんなにがんばっているのか問うてみて欲しい。本気で何かに取り組んでいる時にそんな時間は無いはずだと。なんて力強い言葉でしょう。この人たちの、この前向きな強さが、この国の土台をつくって来たのだと思うと、なんだかとても晴々とした気持ちになりました。
 施設のおじいちゃんの介護に悩んだら、また、あのお店に行こう。そして、すてきなオジサマたちに元気を分けてもらいましょう。