| 夜だから見える「心」 21.当直の仕事 |
| ライター 岡田 夏憂 |
| 「さようなら、元気でね」「お疲れ様。帰ってよく寝るんやで」「ありがとう」「今度、いつ来るの?」。これは当直明けの職員と入所者の会話です。 介護福祉士、ことに、施設勤務である私たちの仕事に、当直はつきものです。平均して月に八回から九回、こういった勤務がまわって来ます。日勤の職員が帰ってしまった後は、介護職員二人だけで入所者五十人のお世話をすることとなります。もちろん警備の方もいらっさいます。 この当直の仕事に慣れるまでは、色々大変な思いをしました。たとえば、緊張のあまり、全く仮眠ができませんでした。また、入所者の誰かが、自分が眠っているうちに心臓発作でも起こしてしまったらどうすればいいのだろう、火災が起きたらどう対応したらいいのだろうと、不安がどんどん膨らんでいったことを覚えています。 思えば、先の入所者が掛けて下さる言葉に支えられて、毎回の当直業務をのりきってきたような気がします。十年間、この施設に勤務していますが、幸いにも、私が不安を抱いていたような出来事は一度も起きていません。鼓膜がやぶれるのではないかと思うほど、大音量のナースコールで仮眠から覚まされても、誰かがろうかをハイカイしているとか、同室の人のイビキがやかましくて眠れないといったこと、また、胸が苦しいので薬が欲しいというような訴えがほとんどです。 ただ、施設内でカゼが流行しはじめると、当直の夜、私たちは仮眠などとっている間はありません。職員二人で手分けして、検温にまわり、氷枕を取り替えます。そして、あまりにも高熱な方がいらっしゃれば、看護師に連絡をとり、その指示で投薬します。病院へ運ぶような事態も希に起こるのです。ですから、当直の夜は、入所者の皆さんの身に何事も起こりませんように、どうか、皆にやすらかな眠りが訪れますようにと祈るような気持ちでいっぱいです。 そこで、おもしろいなと思うことがあります。それは、入所者が皆、日中よりも「素」の自分自身をさらけ出してくれるといった点です。私たちに自分の生い立ちを話してくれたり、悩みを打ち明けて下さるのは、たいてい夜です。「明日、検査の結果が出るの。悪性だったら、まちがいなく手術だから」と不安がるおばあちゃんの手をぎゅっと握って話を聞き、励ますこともあります。 「この人、便所の使い方が汚いのよ」と同室の人の苦情を言いに来られたかと思うと、急にケンカが始まってしまい、その仲裁をしなければいけない日があったりします。夕食の後、熱湯の入ったヤカンを投げ合った方もいらっしゃいました。ケンカの後、家に帰りたいと泣きじゃくり、無理矢理娘さんに迎えに来てもらい、それから二、三日後、やはり娘さんに連れられて施設に戻られたということがありました。 こういった人間臭い交わりの中から、私たちは、彼らと人間関係を深めていくのです。養護老人ホームというのは、複雑な事情を抱えて入所されている方がほとんどです。社会的に、子供であれば、施設入所はよほどの事態だととらえられますが、高齢者の場合は、それほど、大変な事だととらえられていないように思われます。けれど、大人であれ、子供であれ、少なからず心に負担がかかっていることに違いはありません。このことを大切にしながら私たちは仕事をしています。時折、彼女たちに励まされながら。 「アイス食べるか」と当直の夜、そっと届けられる差し入れも、小さな喜びの一つなのです。 |