| 常に「しなやかさ」を 20.女性として生きる。 |
| ライター 岡田 夏憂 |
| 昔、遊郭で働いていたおばあちゃんがいます。十六歳の時、親せきのおじさんにだまされて売られたんだといいます。今では腰がすっかり曲り、小鹿のようなか細い体をいたわりながらの生活です。 彼女のように施設には、さまざまな生活歴をお持ちの方が入所していらっしゃいます。五十人いれば、五十通りのドラマがあるのです。よく話を聞くと、ご主人だった方とは内縁関係であったり、戸籍がなかったり、俗に言う私生児として生まれている方もたくさんいらっしゃいます。考えてみると、男性上位だった当時を生きた女性はたくましく、性に対しても奔放だったのかもしれません。 遊郭で働いていたおばあちゃんも、自分の過去を隠そうとはしません。堂堂といつも自分が一番の人気を得ていたことを自慢します。「やっぱり顔やな、女は。写真が良かったからなぁ」としみじみおっしゃいます。時々、お医者様と結託して仮病を使い、仕事をずる休みしたこと。置き屋の主人に、いつも自分だけ良い着物を買ってもらっていたこと。日本髪を結っていたから頭のテッペンにハゲができていることなど、楽しそうに目をキラキラ輝やかせて話されています。つらかったであろう仕事の事などは、みじんも語られません。ただ、結婚して子供ができたのに、流産してしまったことだけは、涙ながらに語られます。 施設では、このような話が飛びかいます。「私の彼だった人はね」とか、「うちの主人の女がね」と、私たち職員のほうが顔を赤くするような話しで場を盛り上げるおばあちゃんは元気そのものです。映画「金色夜叉」を皆で観た時、熱海の海岸でカンイチがオミヤをたたいたり蹴ったりするシーンで、私が「酷い」と言うと、こんなのは日常茶飯事であたりまえだったと皆が口をそろえて言います。どんな時代だったのでしょう。「子供をつくる道具みたいに、何人も何人も子供産まされて、お腹を休める間がなかったんよ」というおばあちゃんは、全ての子供を戦争でなくされています。 日本の激動の時代を生き抜いた女性はシンが強く、そしてしなやかです。社会的に低い立場にあることを受け入れ、そして、その生活を楽しみに変えていったのだと思います。だから、彼女たちはたとえ悪口を言っていても、男性をたてることを忘れません。所定定員五十人のうち、十人しかいない男性の入所者は、ある意味とても居心地良く生活されているはずです。 先日、ホステスさんをしている女性と話をする機会がありました。彼女もやはり、家庭の事情で十六歳からこの世界に入ったといいます。彼女は明るく朗らかで、その仕事が楽しいと言います。「この世界しか知らないから」と話す彼女の姿と施設のおばあちゃんとがだぶりました。 「しなやかに生きる」。これがどんな状況にあっても、楽しく毎日を過す秘けつなのかもしれません。女性の方が寿命が長いということも、このことが少しは影響しているのでしょうか。 女性の地位向上を高らかに叫ぶ声よりも、おばあちゃんたちの、昔話や思いを語る声の方が説得力があると思うのは私だけでしょうか。おばあちゃんの愛ある毒舌に耳を傾けた時、女性として程良く生きる知恵と、かわいらしいたくましさを学んだような気がします。 愛されるおばあちゃんになるため、一日一日を楽しく生きたいと思います。おばあちゃんの言葉は、「魔法の杖(つえ)」より重いのです。 |