命の尊さ身近に感じ

19.母のこと
ライター 岡田 夏憂  
 母が亡くなって、もう三年になります。スキルス性のがんでした。母が逝(い)った日のことは、今でも鮮明に覚えています。
 当時、私は夜間の大学に通っていて、夕方から授業を受けるため、早めの夕食を母と一緒に摂(と)ったのでした。入退院をくり返していた母の体調は、もう食事といっても液体しか口にできないところまで悪化していました。
 もう最後になるかもしれないから、という思いが強かったのでしょうか。体調を気づかって反対する私たち家族やお医者様の声を全く無視しての帰宅でした。在宅支援の看護師さんや、近所の方に支えられ、なんとか最後の一週間をおだやかに過すことができました。母は稼いできたこの家で、最後まで「お母さん」でありたかったのでしょう。床に伏しながらも私たちにあれこれ指南していたことが思い出されます。「お茶碗を洗ってから行きなさいよ」「はいはい」これが私にとって、母との最後の会話になりました。
 母とのことを思うと、今でもすぐに涙のスイッチが入ってしまいます。あの日、母が手を振って私を送り出してくれた事。教室の窓から見える夕焼けがあまりにもきれいで、嫌な胸さわぎがずっと止まなかった事。授業に集中できなくて、なんとなくかばんから取り出した「ノルウェイの森」の文庫本。携帯電話に録音されていた、母の死を知らせる妹の悲鳴。顔に白い布をかけられていた母を見るまでは涙が出なかったことなど、時々、フラッシュバックすることがあります。「私のことを覚えていて」と母に言われているのかもしれません。
 私が勤めている施設でも、一年に数名の方が亡くなられます。時々記念写真を眺めていると、「この時、この方は元気だったのに」などとふっと思ったりします。施設の入所者には身よりの無い方が多く、亡くなられた場合、当然荷物の引き取り手はありません。長い施設生活の中で増えていった荷物は多く、中には、それを見ただけで持ち主がわかるような物もあります。それらのカタミの品は、すてたりせず、出来るかぎり再利用することにしています。
 例えば、ある方が買い物をする時に使っていたミニトランクは、今では遠出する時のおしめや着がえを入れになっています。遠足に出かける度、それを見て、皆がなつかしそうに、その人の話をします。また洋服なども、状態が良ければ、他の入所者に着ていただいています。
 思えば、その人自身は亡くなってしまっても、生きている者の記憶の中にずっと存在し続けているのです。カタミの品というのは、それを思い出すきっかけをつくってくれているのかもしれません。
 介護福祉士という仕事は、とても人の死を身近に感じる仕事です。だからといって、命というものを軽く見ているのでは決してありません。逆に身近であるがゆえに、尊いものとして「生」に向き合っているのです。この仕事の醍醐(だいご)味は、人の死の瞬間に立ちあうことが出来ることだと言った人がいます。それは人の誕生の瞬間と同じくらい尊いことなのですと。
 母の納骨が終わり、事象としての母の影は遠いものになってしまいました。けれど、母との思い出はカタミの品を通してフワフワと私のまわりを漂っています。「仕事で関わる人の死を深いところでとらえる」。これが母のことを通じてもたらされた、一番の私の心の変化だったのでしょう。