外出が訓練の励みに

14.サーカスをみに行く
ライター 岡田 夏憂  
 まだまだ寒さがゆるむことのない毎日ですが、施設で生活しているおばあちゃんたちは、暖房設備の整った部屋で温かな生活を送っています。ですから、今が一年で一番寒い時だと感じていらっしゃる方どれだけいるのでしょうか。通院やお買い物に出掛けて帰ってきた方が「外は寒くてねぇ」などという会話をしているのを聞いても、それほど、実感しているとは思えません。なんだか皆がセーターを着ているから自分も冬の洋服を着ようという感覚なのでしょう。幸せなことです。
 特に、二月は、にぎやかな学生さんたちの実習がなかったり、施設での行事が少ないため、入所者の皆さんや職員の私たちまで、とてものんびり毎日の生活を送っています。今年はまた、カゼをひいてしまう方も少なく、いつになく穏やかです。
 そんなある日、施設に「サーカスをみにきませんか」という案内が施設に届きました。中国の子供たちが、演技するというものでした。職員の間では、寒さのためにカゼでもひいてしまう方が出てしまったらどうしよう、などという意見が出ましたが、とにかく楽しい企画なので参加者を集めることにしました。
 一番に手をあげたのは、若いころ、中国の百貨店で働いていたというおばあちゃんです。彼女につづいて、どんどん参加希望者が増え、ついには二十人の入所者が手を挙げました。あまりにも参加者が多いので小さなバスを借りることになりました。
 「サーカスの参加のしめ切りをしますよ」とお知らせをした日の夜、あるおじいさんが話しがあるとやって来ました。この方は、右手、右足にマヒの残る方でした。自分はこんな体だけど、どうしてもサーカスに行きたいと何度も何度もおっしゃいました。
 けれど、借りたバスは、それほど、高齢者に優しい物ではなく、乗車口のステップもかなり高めで、この方は、おそらく足をその高さまで上げることが不可能だと判断し、参加をえんりょしていただくようにお願いしていたのです。
 「なぜそんなに行きたいの?」と彼に聞いてみました。自分は、若いころ、兵隊としてずっと中国にいた。中国は、北から南まで、ありとあらゆる所で生活していた。だから、今、中国にかかわるものは何でも見てみたい。こういった事を淡々と語られました。自分の体の事を考えると参加することがどれだけ大変なのかは分かる。「けれど行きたいのだ」という強い思いに私たちも胸が熱くなりました。
 「がんばって、行きましょう」そう約束をして、サーカスへ行く日まで、その方の訓練がはじまりました。「入り口のステップはね、きっとこれぐらいの高さだから」と手作りのふみ台を作り、それの上り下りの練習や、フロアを歩く練習です。「サーカスに行きたい」という思いが強いため、訓練にも熱が入ります。
 高齢者となり、体力が弱ったとしても、思い出をたどる体験をするというのは、すばらしいことだと思います。寒そうな窓の外をながめてばかりいたおばあちゃんたちも、この日のために何を着ていこうかと、あれこれ悩みはじめました。このおじいちゃんにしても、中国での生活は、大変だっただろうことが想像できます。けれど、それを大切な思い出として生きる目標としているところに、たくましささえ感じます。
 中国の百貨店で働いていたおばあちゃんも軍隊にいたおじいちゃんも、当日は最前列でサーカス団に、はくしゅを送っていました。これからも、こういう楽しみを増やしていってほしいなと、この二人をみていて思いました。