人間味のある介護を

12.手をつなぐ
ライター 岡田 夏憂  
 新しい年があけ、今年初めての出勤日にはたくさんの入所者から「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」と丁寧なあいさつをいただきました。「私、大みそかの日も当直だったから、一日みんなと新年のごあいさつしてるよ。紅白歌合戦も一緒にみてたでしょ」とその度つけ加えるのでした。
 このような状態で、施設に勤める私たちのような介護福祉士には、長いお正月休みなどありません。けれど、施設のおばあちゃんたちと過す、おおみそかやお正月も悪いものではありません。お風呂場や食堂などに鏡餅を飾ったり新しい衣類を準備したり、新年を迎えるにあたってのそわそわした空気が伝わって来ます。年越しそばを食べ、皆でテレビを囲みます。レコード大賞に氷川きよしさんが出演するのを首を長くして待ち、アップで映ると拍手喝采。彼の歌に合わせて誰かがうたうと「やかましい」と一喝するしまつです。賞を彼が受けると涙ぐんでいる方もいらっしゃいました。氷川きよしさんの授賞式が終わると、チャンネルはすぐに紅白歌合戦に変えられてしまいます。
 誰かがお茶やみかんを配りはじめたら、もう止まりません。次から次へとお菓子やくだものが運ばれてきます。「さっき、おそば食べたでしょう」などという言葉は職員のボヤキぐらいにしか聞こえてこないようです。いつもは、テレビをみながらウトウトと眠ってしまう人たちも今回は様子が違います。「今年は絶対白組が勝つ」「いや、紅組が勝つに決まってる」などという会話で盛り上がっています。とにかく、おばあちゃんは、勝ち負けをはっきりさせることが大好きなのです。
 皆が新年に向けて、浮かれている時も、一人のおばあちゃんはいつもと変わらず無表情です。耳が不自由なため、心を閉ざしてしまっているのです。せっかくの紅白歌合戦も音が聞こえにくければ楽しいはずがありません。彼女を喜ばせる方法はないかと考えてみました。
 皆がテレビをみて楽しんでいる間、ずっと彼女と手をつなぐことにしました。私たちは普段、入所者と手をつなぐということをしません。特定の人に愛情を注いでいるようなそぶりはしないように心がけているし、自立が前提の施設である以上、甘えを許すようなことをするのはどうなのだろうかといった、堅苦しい考え方があるからです。
 彼女のとなりにすわって、そっと手をつなぐと、さっきまで不機嫌な顔をしていた彼女の表情が、とたんにやわらかくなりました。うれしかったのでしょうか、つないだ手をゆるめたり、また強く握ったり、テレビをみている間ずっと続けていました。
 紅白歌合戦が終り、ゆく年来る年で除夜の鐘の音をきき、「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」とあいさつをしました。そして、それぞれの居室へと皆帰っていきました。けれど、さっきのおばあちゃんだけは、ポツンとひとり残っています。私はペコッと頭を下げ、新年のあいさつをしました。彼女も軽く頭を下げました。そして手をつないで彼女の居室まで送っていきました。「明日の起床は八時です」と紙に書いて渡すと、ニッコリ笑ってドアごしに手を振りました。
 人とコミュニケーションをとりたい時や、気持ちを伝えたい時、「手をつなぐ」という行為はとても大切なのだと、彼女に教えられた気がします。今年は、堅苦しいことを考えず、人間味のある介護ができればと、新しい年の朝に思ったのでした。